インタビュー② 日本企業からアメリカのオペラへ
ー学生時代にされていたことについてお聞かせください。
高校時代はテニス部でしたが、バンドをより熱心にやっていましたね。
小さい頃から宇宙物理に興味があったので、大学からは理工学部の物理学科に入りました。
大学院でも物理を専攻しましたが、東大の宇宙物理の権威である佐藤教授の講義を聞いた時に、宇宙物理の奥深さを知るとともに、自分が生きている間には答えにたどり着けないと思い、方針転換しました。
ー卒業後にA社に入社した理由は何だったのですか?
大学3年生の時に訪れたニューヨークで観たミュージカルに感動して、「将来はミュージカルに携わる仕事がしたい」と決めたんです。
どんな仕事があるか調べたところ、アーツマネジメントという学問があることを知り、将来はアメリカに来て勉強しようと思いました。
でもそのためには資金が必要だったので、就活で内定を頂いた企業の中で収入の面と、娯楽をエンドユーザーに届けるスキルを磨けるところはどこかと考え、A社を選びました。
ー小さい頃からミュージカルなどのアートに関心があったのですか?
昔から”宇宙に関わる仕事”、”医者”、”音楽”のどれかに携わりたいと思っていましたね。
当時の日本だと、音楽をやりたいと言っても演奏する側が大部分ですし、私自身もそんな仕事をイメージしていました。ただ私は人前で演奏するのは好きではなかったので、真っ先に音楽の仕事は諦めたんです。
その後、物性物理をずっと勉強していたのですが、ニューヨークで見たミュージカルに衝撃を受けて、この仕事に携わると決めました。
ーもともとミュージカルに興味があったわけでは無かったんですか?
全くなかったです。旅行でニューヨークに訪れた際に、「ニューヨークと言えばミュージカルだろ」と思って観に行きました(笑)
ー入社する際にミュージカルへの憧れについて何か言われましたか?
もちろん面接ではミュージカルについて言及しませんでした。
私が入社する年くらいまでのA社の面接は変わっていて、姉の職業を聞かれたり、高校の時に経験した面白いことについて聞かれました。
それこそ私がしていた研究の話は一切されませんでした(笑)手ごたえはなかったのですが、なぜか内定を貰えましたね。
社員の間で言われてたのは、当時の役員で元人事部長の大御所が姓名占いとインスピレーションで決めてたって事ですね。
ー6年いて、その後アメリカの大学院に行かれたんですよね?
私は日本でアート系の大学を卒業したわけでは無かったので、当初は学部から入らないといけないと思い、4年分の資金が必要だと思っていました。
でも日本でマスターまで取っていたので、音楽活動をしていたことをリファレンスで書ければマスターに直接入ることが出来ると言われたんです。
ーアートマネジメントは具体的にどんなことを勉強するんですか?
ビジネスをアートに特化して勉強します。私の大学ではその中でもパフォーミングアートに特化していました。
パフォーミングアートではファイナンス、集客、マネジメント、ファンドレイジング、イベント企画を満遍なく学習しました。
ーインターンはどのように探していたのですか?
最初は大学のシアターでインターンしました。というのもアートの仕事以前にアメリカで働いた経験すら無いので、とにかく実績を作るのが先決だと思ったからです。
単位は必要な分だけ取って、あとは大学に籍だけ残してインターンしましたね。
私の場合はF1ビザだったので、ビザが切れると日本に帰国しないといけません。
だから大学に籍だけ残してインターンをして、良さそうなインターンを見つけたらあとはOPTで働いて就職できればいいと思っていました。
基本的にインターンはインターネットで探して、メールか電話で連絡って感じです。
突撃で連絡を取ることは少なく、募集をかけているところに連絡することが普通でした。
ーインターンの経歴を簡単にご紹介ください。
その後、DC周辺の芸術団体と提携してアート教育を提供する仕事をしました。
次にパフォーマンス団体で働きました。様々なアーティストと契約してパフォーマンスを提供するFundraising Gala担当です。
毎年どこかの国の大使館と協同で取り組むのですが、その年は日本だったのでイベントを日本風にするための手伝いをしましたね。
その次がシェイクスピア専門の演劇カンパニーで働きました。シェイクスピアの時代のStaging Conditionを模しているのがユニークでした。Managing Directorの仕事がメインです。
あともう一つ、芸術教育を提供する機関で働いた後にSeattle Operaでインターンしました。
ー他業界からアートの道に転身した人はいましたか?
私が入学した2009年のアーツマネジメント学部ではあまりいませんでした。学部での割合は7割アメリカ人、3割が留学生でしたね。
ーアメリカに来たきっかけがミュージカルだったのにオペラに変えたのは何でですか?
ミュージカルへの憧れは勿論ありましたが、もともとクラシックをやっていたのでオーケストラ、特にシンフォニーに興味がありました。
アメリカの大学在籍時に行ったコンサートでも、シンフォニーもやっぱり良いなと思いましたし、シンフォニーかミュージカルかでずっと悩んでました。
インターンでは色んな音楽を経験し、シアトルでインターンしたときに、オペラだと演劇もオーケストラもあるのでどちらも勉強できると思い、オペラをもう少し追求しようと決めました。
だからその後の就職活動はオペラをメインに探していました。
ーシアトルオペラでの印象に残るエピソードはありますか?
ワグナーの超大作である「ニーベルングの指輪」をオペラで上演したときですね。
この作品は4作で完結するのですが、普通のオペラでは1作しか上演しません。というのは4作だとあまりにも長いからです(笑)
4つ目の作品だけでも5時間半かかります(笑)
でもシアトルオペラでは毎回4作を纏めて上演しています。1年かけてだと費用が掛かるので、1週間に4作品を上演するサイクルを1か月間で4回するという感じです。
私はプロダクションのインターンだったので、リハーサルから全て関わる必要があり、流石にその時は大変でした。
でも何度も観ていくうちに細かい点にまで目が行くようになって、それはそれで面白味はありました。
ーその後に現在のオペラに就職したわけですね?
そうですね。シアトルオペラは知名度のあるオペラでしたし、ここからは就職活動に専念することを決めました。
ただ就職してしまうと日本に帰る機会も減るだろうから、ということで2か月ほどゆっくりしました。3年ぶりの日本でしたね。
そこからアメリカに戻ってから現在働くオペラを見つけて働き始めました。
ーどんな方法で探されたんですか?
Wikipediaでアメリカのオペラカンパニー、シンフォニーカンパニーを調べて、Excelにリスト化して1個ずつアプライしていきました。
ー面接で絶対聞かれる質問はありましたか?僕がアメリカでインターン面接したときは毎回「君を採用する会社のメリットは?」と聞かれました。
「貴方何か質問ある?」って質問ですね。あとはポジションに関する質問だったりです。
私ほどインターンをする人はいないので、面接ではよくインターン実績について驚かれました。
ー現在の仕事内容を教えてください。
私が所属するのはDevelopment Departmentで、役職名はIndividual Giving Managerです。
アメリカのパフォーミングアートはNYのブロードウェイを除いて基本的にはノンプロフィットになっています。
チケットセールスで賄えるのは予算の半分ほどで、残り半分は寄付という形が普通です。
寄付というと日本人が一番イメージしやすいのはコーポレートスポンサーで、次が財団からの寄付だと思います。でも私たちのオペラへの寄付の約7割は個人のお客様からです。
それに関連した仕事として、寄付してくださった個人のお客様との付き合い、寄付してくださるお客様の開拓、寄付してくれたお客様を招いたイベントの運営があります。
ただ資金を集める方法はもう1つあって、それをスペシャルイベントと言います。私たちは1年に3回行われるイベントを行っています。
私の仕事は、寄付を募るイベント運営と寄付してくれたお客様対応です。
ー新規の寄付はどのように開拓するのですか?
決まったやり方はありません。
シングルチケットを買ってくれたお客様にシーズンチケットホルダーになってもらい、寄付を募るのが一般的です。
この最後の「寄付を募る」というステップが僕が担当している仕事ですね。
寄付してくれたお客様には継続して寄付してもらい、あわよくば寄付額を上げてもらうように交渉します。
大口の寄付者は役員の知り合いであることが普通です。
ー日本のオペラに携わる予定はありますか?
いつか日本に戻ってオペラやミュージカルに関わる仕事がしたいという願望はあります。
ただ今はアメリカでの仕事しか考えていないですね。
ー今まで勉強していた分野と関係ない分野に挑戦するときの秘訣はありますか?
学生だったら色んなことに挑戦することが一番いいと思います。
やりたい事だけをやるのではなく、機会があれば挑戦したこともないことに取り組むのも1つです。
興味なくともやってみたらハマるかもしれないですし、自分から可能性を狭めるのではなく、機会を自分から作ることですね。
社会人になってから全く違う分野に挑戦することは正直お薦めしません。大変なので(笑)
私も給料を満足いくほど頂いていましたし、人によっては挑戦しない方が幸せだと思います。
ただ私の場合は、挑戦するのと、しないとならばどちらが後悔しないかを考えた時に挑戦しようと決めました。
その決断に後悔はしていません。
みんなが同じ方法で自分と同じように幸せを感じられると思っていませんが、大切なことは自分で考えて後悔しない道を選ぶことではないでしょうか。
ー海外に行くにしてもどのタイミングで行くかも大事だと思っています。
学生ならば、会社に入ってから仕事が楽しくて海外に行くことを辞めるということもあるかもしれません。
それを悪いことだとは思いませんし、それも一つの生き方だと思います。
ただ海外に行くのならば遅くとも30歳までに行くことがいいと思いますよ。私も30歳に渡米しました。